3月24日(水) 7:57 |
不満足な鳥取砂丘の観光でした。またいつか来る事もあるかも知れません。その時は、日本海に沈む夕日を思いっきり見たい。今日は曇り空です。 | |
8:11 | 子供の国入口からバスに乗って鳥取駅に行きます。 | |
9:16 | 鳥取駅発9:30の浜坂行きジーゼルカーに乗ります。山陰本線はまだ非電化区間が多くあるようです。 | |
10:55 | 今回の旅行の最後の目玉は餘部の鉄橋を見る事です。浜坂で10:17城崎温泉行きジーゼルカーに乗り、10:36小雨にけぶるる餘部駅に着きました。餘部の鉄橋は全長350m、地上高41m完成は明治45年。当時は東洋一の鉄橋、今でもトレッスル(橋脚)式では日本一の鉄橋です。 昭和61年12月28日13;25 この鉄橋を通りかかった回送列車が日本海からの強風のため転落。乗務員と鉄橋の下にあった加工場の従業員合わせて6人が死亡した列車事故がありました。 |
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11:12 | JRはこの鉄橋をより安全なコンクリート橋に掛け替える事を決め平成19年3月から工事を開始、今年7月でこの鉄橋の使用が終わります。と言う事で気なっていた餘部の鉄橋を見に行くことにしました。餘部駅で下車、この駅の上方に展望台があるとガイドブックには書いてあったのですが、工事のため展望台は廃止したとのこと。ここで2時間ほど過ごして鉄橋を渡る列車を写真に収める予定でしたが敵いませんでした。 | |
11:17 | 工事中の仮待合所にザックを置いて、坂道を下り餘部の住宅街に。橋脚が民家の軒に食い込んでいるような鉄橋と住宅の共存の光景です。 | |
11:25 | 手前側は鉄橋ですが後方はコンクリート橋です。天気の性もありますがコンクリート橋のおかげで鉄橋の美しさが見えません。この写真でも見えるのですが、コンクリート橋の一部が切れています。これは7月16日に一旦運行を停止してコンクリート橋の首降りをして旧の線路に接続するためだそうです。新しい橋は8月12日に開通する予定です。 通過する列車の写真を撮る事ができませんでしたので予定を早めて12:22 豊岡行きに乗車、餘部を後にする。 |
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19:36 | 電車を豊岡、福知山、園部で乗りつぎ京都に16:51戻ってきました。京都駅前地下街ポルタに繰り出す。20:30の電車で米原に行けばいいのですから3時間半もたっぷり時間があります。昼飯も食べられませんでしたのでポルタのソバ屋でそば定食を食べる。後は駅地下で土産やを物色。午後8時の閉店間際に夕飯の弁当を買った。豪華な弁当も500円引き。駅の売店で日本酒を一本買って電車に乗った。 | |
22:47 | 大垣駅には、22:30に着く。上りの「ムーンライとながら」は22:49発です。 | |
22:59 | 豪華な弁当の夕飯は大垣に着く前に終わりました。残りの惣菜とお酒でこの旅行のフィナーレに乾杯します。 | |
3月25日(木) 5:57 |
東京駅に5:05に着きました。上野に移動します。上野発6:04の電車で水戸へ。6時になると上り線のホームには通勤の人が並んでいます。さすが東京の人は働く・・・・・・・ | |
8:30 | 水戸で立ち食いそばで腹ごしらえ。お腹もかなり疲れて、おそばなどが食べたくなるのです。ここからは写真がありません。いわき、原町と乗り継ぎ相馬で下車。ここで青春18切符の旅は終了です。ここからは車で仙台まで戻りました。(完) | |
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